プリンシプル(原則)とはなにか?をその生き様から教えてくれる人物は、中々お目にかかれないですね。
本からの贈り物というサイトで紹介されていたことが白洲次郎 占領を背負った男という本にであったきっかけでした。
激しい動乱の世にあって、輝かしい才能を発揮する傑物が出てくることはどの時代でも同じですが、共通していることは「自己の信念」を貫き通しているという点でしょう。自己の信念を持ち、貫き通すことは時には自分の立場を危ういものにするのですが、それを恐れず一貫した行動に現すことができる点において、多くの人は強く憧れまた、志ある人の心に深く刻まれるのだろうと思います。
また、共通している点として挙げられる点として「先を見通す”カン”が本能的に優れている」ことでしょう。
白州次郎氏は、太平洋戦争に突入した直後、この戦争は負けることを見通し、来るべき食糧難の時代に備えて農業を始めるあたり、日本全土が戦勝ムード一色の中、冷静に危機対策を考えて行動に移している点は驚きに値します。
白州次郎氏の功績は、戦後のGHQとの戦いや、吉田茂の腹心としての行動そして、東北電力の会長としての働きや通産省を作ったことなど数々ありますがそれらを成し遂げたのはひとえに彼が保持していた
「プリンシプル」でしょう。
彼をここまで突き動かした「プリンシプル」とはなにか?その点を白洲次郎 占領を背負った男を読む重要な視点として置いた時に、私はもう一人の人物を思い出さずにはいられませんでした。
幕末の長岡藩家老、河井継之助。
河井継之助は陽明学を信奉し、幕末の動乱期に長岡藩を日本にあって日本でない。現在のスイスのような永世中立国として独立させるというビジョンを持ち、当時最新鋭でかつ日本にはたった3門しか輸入されていなかったガトリング砲のうち2門
を保持するなど富国強兵路線をどの国(藩)よりも具体的に取り組んでいました。また当時の時代背景は倒幕・開国路線の薩摩藩を中心とした官軍と旧幕府軍の争いの裏で、フランスなどの外国が将来的には日本を植民地化しようと画策していた時代です。その前段として、官軍と幕府軍のどちらがこの国の主導権を握るかを窺いながら武器・戦術などの支援をしていた状況にあります。
そんななかでの彼の行動は「先が読めすぎた」ことが災いしてしまったような感もあるほどすさまじいものがありました。
もし、坂本竜馬や西郷隆盛らと交流する機会があったとすれば確実に近代日本の魁としてその名前を広く後世に残したことでしょう。
河井継之助については、ぜひ紹介したい本がありますので、後日詳しく触れることにします。
白州次郎が堅く保持していた「プリンシプル」は騎士道に通じるものでありますが、日本には「武士道」というものがあります。
両者も根底にあるものは弱者への「惻隠の情」と「自己の信念」です。
戦前・戦後の近現代史として読むのも多くの発見があるでしょうし、「プリンシプル」とはなんだろうか?と頭に置きながら読むと現代の私達にとって、なにが必要なのかを気づくこともできると思います。
これから世に出る人や、将来起業しよう!と思う人にはぜひ読んでもらいたい一冊です。
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